汐留イタリア街とは
汐留イタリア街の誕生
この⼀帯は、国鉄汐留貨物駅が稼働していた頃、鉄道で輸送された貨物をトラッ クに積み替えて配送するための、物流基地として栄えました。
しかし、国鉄の⺠営化に伴い、1986 年に貨物駅が廃⽌されることが決まると、 物流基地としての必要性がなくなりました。
貨物駅⽤地は、国鉄の⾚字を清算するために⺠間企業に売却され、開発されるこ とになりましたが、そのためには都⼼と繋がる道路や地下鉄が必要でした。
そこで、1992年から、東京都による⼟地区画整理事業で、31ha の規模で道路等のインフラと⼟地の区画が整備されることになり、物流基地だったこの⼀帯も巻 き込まれます。
⼾惑いをおぼえながらも、汐留町会は、1994 年に汐留地区対策協議会(現コムー ネ汐留)を⽴ち上げ、⽣活再建のため、1998 年に運送業から不動産業への転換に あたり、イタリアをテーマに街をつくり変えることを決⼼しました。
「汐留イタリア街」は、イタリアのように広場を取り囲む街に楽しんで暮らし続 けることを願った地元の⼈たちの思いから⽣まれました。
2008 年からは「東京のしゃれた街並 みづくり推進条例」に基づいて、建物や 広告看板をデザインをイタリア街に合ったものにするように地元でデザイン協議⾏っています。
また2019 年から港区と協定を結び、 建物オーナーご負担の下、道路や広場を 美しく保つため、地元で⾃主管理を⾏っています。
2024 年には、こうした取り組みが評価 され、国⼟交通省の都市景観⼤賞コンペにおいて特別賞(第2位) をいただきま した。
©コムーネ汐留、udstudio
汐留イタリア街案内
現在の汐留イタリア街は、汐留シオサイト(汐留地区土地区画整理事業区域)のうち、JR線路より西側の地区に当たります。
旧汐留町を中心としたエリアに、新しい街に必要となる道路周辺を加えた区域です。
©コムーネ汐留、udstudio